The Interschool Journal編集長 平松けんじ
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 臨時休校の長期化で急浮上した「9月入学」。与党の慎重論で「直ちに想定しておりません」(萩生田文科相)と見送りとなったが、一連の議論の過程で学習機会や文化祭・体育祭などの学校生活を取り戻せることを期待した小中高校生たちと、自分の子どもが学年分断や飛び級させられる可能性に突然直面させられた未就学児の保護者たちの間では分断と対立が生じてしまっている。

 今回の「9月入学」をめぐる議論の結果、「学びの保障」と「制度としての9月入学」を切り離すという話になったが、じゃあ9月入学とは何だったのか。

 自民党のワーキングチームの取材に行った際、「社会変革が必要」という話を聞いたが、正直な話「何を言ってるのか」と思った。そもそも学生たちが「9月入学」という提言をした背景は「授業を満足に受けられない状況で受験には臨めない」「学校行事(文化祭・体育祭等)ができないことがつらい」「学校行事もなくこれから詰め込み教育では精神が持たない」という切実な想いではなかったか。グローバル化とか社会変革とかそういう話ではなかったはずだ。高校生の悲痛な主張に便乗して自分たちの前々からの政治的主張を実現しようとするのは「火事場泥棒」ではないか。

 「学びの保障」とは学校行事も含めた学校生活の失われた時間の保障であって、詰め込み教育で何とか3月までに教育課程を消化することではないし、未就学児の世代で強引に調整することでもない。すべての子どもが可能な限り最大限の学びの保障が得られるよう政府・議員は努力すべきであった。コロナを機に「社会変革」あるいは「グローバル化」という色気を出して、強引に「改革」をやろうとした結果、混乱が起きたのだ。

 本紙は5月14日付の論評で次のように警告していた。
「学生・保護者・教員いずれの層でも賛否両論の状態で、国民の間の合意形成を軽視して強引に『9月入学・新学期』導入を進めれば、賛成派・反対派の学生・保護者・教員同士で対立や分断が起き、禍根を残してしまうのではないか。また、利害調整に敗れた層が大きな痛手を負ってしまうのではないか。」
 結局警告通りになってしまった。非常に残念である。

 自民党の提言書の最後にはこう書いてあった。
「学校になかなかいけない環境にあっても、それに耐え、創意工夫をしながら勉学に取り組んでいる子供たちや保護者の皆様にも心からエールを送りたい。そうした子供たちや保護者の皆様に対して、いたずらに不安を与えるようなことがあってはならない。」
 この1か月間、子どもも保護者も「いたずらに不安を与えられていた」状況だったことからすると、「今更何を言ってるんだ」という話ではあるが、この文からは自民党の反省の意が強く伝わってくる。会合の中でも「自民党に足りないのは現場感」など臆することなく発言していた議員も多かった。国民からのFAXやメールなども届いているようだった。生の「代議制民主主義」の一片をこの目で見れたことは非常に良い経験になった。

 すでに賛成派と反対派の溝は埋めがたいものになってしまっている。失われた3か月をどう取り戻すのかー政府・議員の皆さんには何ができるのか、迅速かつ真剣に取り組んでいただきたい。