平松けんじ
2020年6月5日 萩生田文科相記者会見
萩生田光一文科相(6月5日 東京・霞が関の文部科学省で 平松けんじ撮影)
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大で臨時休校が続く中、急浮上した「9月入学」導入論。与党の自民党と公明党が9月入学に慎重な提言を安倍首相に提出し、萩生田文科相も「直近の導入は想定していない」と明言するなど、今年度の延長を求める学生たちの声に沿う形の「9月入学」導入は頓挫した。そこで本記事では一連の「9月入学」導入論の経過を振り返っていきたいと思う。

出発点は高校生たちの「学校生活を取り戻したい」
 一連の「9月入学」が急浮上したのは、3月以降臨時休業が続いていた高校生たちがインターネット上で「9月入学」導入を呼び掛けたことからだった。4月1日に都立高校の生徒がTwitter上に論文を発表し、「新年度の開始を9月1日に置き、年度の周期を半年ずらすことが最善」と提言。「9月入学」を求めた理由は失われるであろう今年度前期の学校生活や大学の入学式等のイベントを実行することができるからだという。また、諸外国と学年の開始時期をそろえることで海外留学や海外進学に資する形にできる「千載一遇のチャンス」だと指摘していた。(➢本紙4月1日付記事)

 5月末までの緊急事態宣言の延長による臨時休校が長期化していくにつれ、東京都の小池百合子知事や大阪府の吉村洋文知事など一部の知事から「9月入学」導入論が持ち上がる。安倍晋三首相も「前広に検討」「有力な選択肢の一つ」と述べるなど前向きな姿勢を示し、急浮上した「9月入学」導入論。しかし文部科学省が提示した案などから徐々に課題が明らかになってくる。

「一長一短ある」 未就学児を調整弁にする文科省案に保護者激怒
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資料画像=文部科学省(東京・虎ノ門で=平松けんじ撮影)
 文部科学省は9月入学導入に向けた案を複数提示。しかし提示された案は「どれも一長一短ある」(文科省職員)もの。文部科学省が事務次官級の意見交換会や与党作業チームに提示したとされる案では、小中高校に現在在学中の児童生徒は今の学年に2021年8月末まで在籍(2020年度は17か月)とし、2021年度の開始を9月とすることとなっている(学年区分の変更はなし)。この案では現在未就学の児童の扱いについて次の2つのパターンに分かれていたが、いずれも未就学児の学年編制区分を現行の4月~3月から9月~8月に変更するものだった。
パターン① 【一斉実施】
 2021年9月時点で満6歳に達しているすべての児童(2014年4月2日~2015年9月1日生まれ・17か月分)を2021年9月に入学させる

パターン② 【段階的実施】
 2014年4月2日~2015年5月1日生まれの児童(13か月分)を2021年9月に入学させ、その後4年間、入学対象年齢を1月ずつずらし、9月~8月の学年区分にずらしていく
 これらの案では、幼稚園の年長児は2021年8月末まで小学1年生になれない上、そのほかの年中児や年少児は2021年度以降学年編制を変更する形となるため、これまで一緒の学年だった児童が誕生日の違いで先輩後輩関係になるという学年分断が発生したり、4月~8月生まれの年中児が年長を飛び越えて小学1年生となる事例が発生する。また、パターン①では2021年度の小学1年生の人数が17か月分となり、人数が1.4倍となることで入試や就職面で大きなハンデを負うこととなる。このように未就学児を9月入学への移行調整に使う案に未就学児の保護者から激しい怒りの声が沸き上がる。

 ある未就学児の保護者は1.4倍となる学年の子どもについて「人工的な就職氷河期を作るもの」と批判。本紙のアンケート(4月30日~5月6日実施)でも未就学児の保護者から「学年編成が変わってしまうのは小さな子にとって大きなストレス」(東京都)、「幼稚園児・保育園児だから学習面で影響が少ないからとこの年代で帳尻を合わせようとするならば、政治による子どもへの暴力。」(岐阜県)などと憤りの声が寄せられた。

与党内でも慎重論 市長会・町村会から反対の声
自民党WT⑦平場会合5月29日
ワーキングチームの会合(5月29日・東京・永田町の自民党本部=平松けんじ撮影)

 「9月入学」導入論が急浮上する中、与党である自民党や公明党は作業チームを作り、「9月入学」導入について議論を行った。自民党では柴山昌彦前文科相を座長とした「秋季入学制度検討ワーキングチーム」が設置され、6月1日まで議論が行われた。会合では日本PTA全国協議会や保育関係団体、全国市長会などから慎重・反対意見が出され、自民党内でも慎重・反対論が急速に強まっていった。

 一方で自民党内でも首相に近い女性議員は「(コロナの)2波、3波もやってくる状況の中ですので(略)私は社会に影響があるからやるべきではないということではなくて、社会全体の変革につなげていただきたい」とコロナを機に社会変革として9月入学を導入すべきだとの主張を展開した。しかし最終的に自民党の提言書は「今年度・来年度のような直近の導入は困難」と結論づけた。自民党はこの提言の中で9月入学制などの秋季入学制度について政府や党で議論を続けていくべきとし、9月入学を求めていた推進派の議員に一定の配慮を示したものの、コロナを転機とした「9月入学」導入論は頓挫した。

公明党本部②
公明党本部(6月29日・東京・新宿区=石川遥樹撮影)
 公明党も「9月入学含めた子どもの学び確保支援検討プロジェクトチーム」(座長・浮島智子前副文科相)を設置し、自民党より1日早い6月1日に安倍首相に提言を行った。公明党の提言書は、9月入学導入について「一定のメリットが認められる」としつつも、「目の前の子どもたちの学びと生活を支えることを最優先しなければならない現下の状況では、そのメリットを大きく上回るデメリットやコストが生じる」と指摘。「現時点で拙速に検討を進めるべきではない」と結論付けた。

 公明党は、2パターンの9月入学導入案について、それぞれ教育関係の研究者の推計内容を提言書に記載している。それによると、「一斉実施案」については2021年度に学童保育で約14万9千人、保育所で約26万5千人の待機児童が発生するのだという。またこの「一斉実施案」では2021年9月に17か月分の児童が入学することから、小学校教員が約2万2千人不足し、教員人件費だけで約2050億円の投資が必要になるという。一方、「段階的実施案」では2021年度に学童保育で約2万5千人の待機児童が、保育所では2021年度から2023年度にわたって約47万5千人の待機児童が発生するのだという。

 公明党の提言書は「教育の国際化の阻害要因は、入学時期よりも、日本の大学教育や企業などの国際的通用性の低さそのものによるところが大きいと考えられる」と指摘。「グローバル化」を理由にした9月入学論をぶった斬った。
公明党PT事務局長三浦議員
公明党PT事務局長・三浦信祐参院議員(3日・東京・永田町の参議院議員会館 平松けんじ撮影)
 公明党プロジェクトチームの事務局長・三浦信祐参議院議員は、6月3日に本紙の単独インタビューに答え、プロジェクトチームでの議論の様子について「冒頭のところでは9月入学をしたほうが良いのではないかという議論も当然あった。一方で今までの学びの学習環境が変わっている中で、今の学生さんの学びをどうやって確保していくかと、その術をしっかり議論すべきではないかという声が圧倒的に多かった。」と語った。三浦氏は、公明党が「9月(入学)ということに賛成とか反対とかということよりも、子どもの学びの保障をどう確保していくか」という点を最重要視し、9月入学ありきで検討したわけではないとの認識を強調した。

「9月入学」なき「学びの保障」のあり方とは
 コロナ禍による臨時休校が長期化する中、学びの保障を実現する方法の一つとして「9月入学論」を提唱した子どもたち。自民党も公明党も「学びの保障」と「制度としての9月入学論」を切り離すという提言書を出したことで梯子を外されてしまった形。失われた学校生活、そして授業を受ける機会。これらをどう保障していくのか。自民党の提言は、臨時休校が長期化し、学習が遅れている子どもたちの学びの回復が地域によっては今年度中にはできない可能性を指摘している。自民党提言では自治体などの判断で今年度を2週間から1か月くらい延長する特例措置や、大学1年生のみ年度を遅らせる案などを検討すべきこととして挙げた。また、自民党は第2波、第3波の感染拡大時には特例延長期間をさらに延ばすなど「柔軟な対応を行うべき」としている。一方公明党は「明確に今年度のことは終わりは変わらずという話。そこに第2波、第3波が来て学業が保障できない場合には延長すべきだ。」(三浦議員)という方針。

 学習の重点化、夏休み・冬休みの短縮で何とか年度内にカリキュラムを消化していくというのは難しいのではないか。すでに自治体の一部では3月末までの年度終了に向け、夏休みや冬休みの短縮、土曜授業などで授業時間を確保していく方針を示している。例えば東京都では今年度の都立高校・中等教育学校・中学校の夏休みがわずか2週間に、冬休みがわずか1週間程度に短縮されたほか、文化祭や修学旅行などが軒並み中止になった。

 また、大学入試は共通テストの本来の試験日程(1月16・17日)の2週間後に、学習遅れの現役高校生対象とした「第2日程」が設けられたが、いずれにしろたった2週間の延長では失われた3か月分を巻き返すのはかなり困難が伴うことは確かだろう。そして何より第1日程と第2日程の間の得点調整を行わない点や、第2日程の追試験が事実上「センター試験型」問題を使用する点などで、公平性の点から疑問が呈されている。

救われない高3vs突然巻き込まれた未就学児保護者
 一連の9月入学をめぐる議論で、未就学児が受けるデメリットが話題になるにつれ、未就学児の保護者から強い反発の声が上がったことは先述の通りだが、それと同時に、休校で学校行事がなくなり、余裕がなくなった高校生たちと未就学児保護者のSNS上での対立が激化するようになった。一部では相手に粘着したり、心無いリプライを飛ばす輩が現れ、未就学児保護者も高校生も傷つけあってしまった。私は5月14日付の論評でこう警告していた。
「学生・保護者・教員いずれの層でも賛否両論の状態で、国民の間の合意形成を軽視して強引に『9月入学・新学期』導入を進めれば、賛成派・反対派の学生・保護者・教員同士で対立や分断が起き、禍根を残してしまうのではないか。また、利害調整に敗れた層が大きな痛手を負ってしまうのではないか。」
 結局そうなってしまったことは非常に残念だ。結局「9月入学」の議論は「誰も救われなかった」のだ。

教育再生会議で今後議論継続へ
 一方、「学びの保障」から切り離された「9月入学導入」は、20日から始まる教育再生会議で引き続き議論されるようだ。萩生田文科相は14日の会見で慌てて結論出すつもりはない」としつつも将来の教育のあり方としての一つの指針として、折角の機会ですから少し深堀りをしようという環境」と述べ、コロナ後の教育の在り方の一つとして引き続き議論していく考えを示した。

「9月入学」よりやるべきことはたくさんある
 誰も救われなかった「9月入学」論議。そもそもの議論の始まりを思い起こすと、それは学校行事も含めた「学びの保障」だったはず。結局「学びの保障」と「9月入学」は切り離されてしまった。だったらなおさらやる意味ないんじゃないでしょうか。現行の4月はじまり3月終わりの年度を9月はじまり8月終わりに改編するとなると多大な社会的コストを消費することは間違いないわけで、よほど特殊な事情でもない限り「9月入学」は進めるメリットはないと思う。今、学校教育、公教育が置かれている現状というものを思うと、「9月入学」よりやるべきこと、予算を投じるべきことはたくさんあるはずだ。小中高生全員にICT端末を1台ずつ配布したり、少人数学級を導入したりなどなど。どれも「社会変革」以前に必要なことではないだろうか。