平松けんじ

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写真・目黒区立第九中学校(7月12日・東京・目黒区洗足=大須賀太一撮影)

 先月8日、公道上でビラを配布していた都立高校生が、近くの目黒区立第九中学校の高橋秀一副校長(55)に「私人逮捕」されるという事件があった。現場は目黒区立第九中学校の校門から約50m程度離れた住宅街の公道上で、高校生はビラで同校の近隣にある都立小山台高校(東京・品川区)の水泳授業のあり方を問い、生徒自治組織の設立を呼び掛けていた。高校生は7月28日に処分保留で釈放されたものの、20日間にわたり勾留された。


 勾留状によると、高校生の容疑は「公務執行妨害」。高校生は目黒区立第九中学校の高橋秀一副校長(55)にビラ配布を注意されたため、携帯電話で動画を撮影。その際に高橋副校長を携帯電話で殴打したとされる。警視庁碑文谷警察署の松本俊彦副署長によると、午前8時ごろに高橋副校長が高校生を「私人逮捕」し、午前8時50分ごろ駆け付けた碑文谷警察署員に引き渡したという。


現場映像から見る逮捕までの経過


動画上・ビラ配布を「注意」する高橋副校長(7月8日・高校生撮影)

動画下・高校生に迫りくる高橋副校長ら(同)

 しかし現場で高校生が撮影した映像からは全く違う実態が見えてきた。映像では「ソーシャルディスタンスを保ってください」と後ずさりする高校生に急速に身体的距離を詰めていく高橋副校長の様子や複数の教員らが高校生を取り囲むような様子が記録されている。


動画・「公務執行妨害」とされる瞬間を捉えた動画(7月8日・高校生撮影)

 また、高校生は自身が高橋副校長を殴打したとされる瞬間の映像も撮影している。映像では高橋副校長は高校生の携帯電話を手で遮りながら複数の教員とともに、後ずさりしている高校生に自ら近づいている。その後、高橋副校長が「痛ってぇ。いててて。」「触られた」「ぶたれたんだよ携帯で」などと主張し、警察に通報するまでの様子が記録されている。


取り押さえていないのに「逮捕」!?

 逮捕の状況も明らかになった。警視庁碑文谷警察署の松本俊彦副署長は「(高橋副校長が高校生を)強制して取り押さえたわけではない。」と述べ、警察官が駆けつけるまでの間、高橋副校長が高校生の身体を取り押さえていなかったことを明らかにした。松本副署長は、記者に高校生が自発的意思で現場にとどまっていた可能性を指摘されると、「とどまってたんですね。だからね。」と述べ、高校生が逃亡するわけでもなく、現場にとどまっていたことを認めている。これが果たして「逮捕」と言えるのかと問うたところ、松本副署長は物理的に取り押さえていなくても「私人逮捕」になるとの見解を示した。


 高校生は20日間勾留されたが、高橋副校長がどのような「注意」をしていたのか、何故学校の外を巡回していたのか、警察は全く把握していなかった。松本副署長は、高橋副校長が私人逮捕直前にどのような「注意」をしていたのかについて、「それは本人に聞いてください。わかりません。」「注意をしていたという事実しか聞いてないんですね。」と述べたほか、高橋副校長が校門から4,50mも離れた場所を巡回していたのかについて、「学校警戒じゃないですか?」と推測するにとどまっており、事件発生前に何が起こっていたのか把握していないようだった。


黙秘を理由に逮捕勾留・家宅捜索

 高校生は7月8日に警察に身柄を拘束されてから7月28日朝に釈放されるまで20日間碑文谷警察署の留置場で勾留されていた。高校生は警察に連行されて以降、20日間警察・検察・裁判官に対して黙秘を貫いた。松本副署長は高校生の勾留が20日間にわたったことについて「勾留は検事の判断ですから警察の判断ではございません」と述べたものの、「黙秘があったんで、逮捕・勾留した」とも述べた。また、松本副署長は「黙秘をするとこれは罪証隠滅の恐れになると警察では判断せざるを得ない」と述べ、黙秘をしたことで罪証隠滅の恐れがあるから勾留となったことを示唆した。


 このほか高校生は先月14日、碑文谷警察署警備課の野澤健警部補らに自宅を家宅捜索されたが、捜索の理由も「黙秘をされて全然捜査が進まないということ」(松本副署長)だという。

文科相「実際あり得ないのでは」

動画=本紙記者の質問に答える萩生田光一文科相(7月31日・文部科学省で=平松けんじ撮影)

 萩生田光一文科相は、7月31日の記者会見で、学校外のビラ配布に対し警察を呼ぶことについて、「基本的に学校外で行われていることに学校の先生方が直接関与するというのは実際にはあり得ないんじゃないかな」と述べた。


 目黒区立第九中学校の片柳博文校長は、「捜査中なのでコメントを控える」と回答拒否。高校生を「私人逮捕」した高橋秀一副校長は不在だった。


論評◇ビラ配布を「注意」っておかしくない?

 一般的に公道上でビラを配布することは「表現の自由」(憲法21条)にあたり、国民の権利として保障されている。したがって何人たりともこれを妨害するような行為は許されない。


 高橋副校長はビラまきに対して「注意」をしていたというが、後ずさりしている高校生に鬼のような形相で急速に距離を詰める行為が「注意」と言えるのか。むしろ映像からは高橋副校長のほうが何か暴力的なことをしてくるのではないかという恐怖感を感じさせる行動をとっている。今回、高校生は高橋副校長に対する「公務執行妨害」の容疑で逮捕・勾留されたが、このような「注意」の仕方が適法な公務として認められるのだろうか。事実上ビラまきを中止させるような権力行使は明らかな「表現の自由」の侵害ではないか。


 そして今回の高橋副校長の対応は教育者としてふさわしいものであったのか大変疑問だ。ビラを配ったら副校長に詰め寄られた末、逮捕され、20日間勾留されるーこんなことがまかり通れば中学生も高校生も署名活動や声を上げることは全くできなくなってしまう。文部科学省は「主体的・対話的な学び」を推進しているというが、現場の実態は真逆だ。子どもが意見表明できる機会なくして子どもが主体的に行動するなんてことは困難だ。


 また、黙秘権は被疑者に認められた権利だ。権利行使を理由に20日間も拘束され、家宅捜索までされたらたまったものではない。これは明らかに学校・警察・検察・裁判所一体での人権侵害ではないか。高校生が声を上げれば権力に寄ってたかって弾圧されるーこの国は本当に民主主義国家なのだろうか。


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