恐れていたことが遂に起こってしまった。先月21日、都立高校で担任教諭が生徒に対して東京都の都市ボランティアに応募するよう強制するような発言をしていたことが各メディアで一斉に報じられた。教諭は自らの担任するクラスで「全員出して」とボランティアの応募用紙を生徒に配布。その生徒がSNS上で告発したことで発覚した。


 NHKの記事によると、都教委は教諭の発言を「誤解を招く発言があった」として、「ボランティアへの参加の強制はしておらず、あくまでも自主的なものだ」と慌てて火消しに走っているが、全く信用できない発言だ。なぜならこれまで都教委は「奉仕」、その後継の「人間と社会」という教科を必修化して都立高校生徒に「ボランティア」を事実上強制してきたからだ。

 本来、ボランティアとは「志願兵」という意味である。したがって「ボランティア」というのは個人の自発的な意思で行う行為であって誰かに強制されてやるものではない。しかし都教委が「東京都必履修科目」として設定した「奉仕」や「人間と社会」ではこの原則が踏みにじられ、福祉施設や清掃活動、児童の学習支援など本来行政機関が労働者を雇用して提供すべき行政サービスを学校の指導引率の下、無償で高校生に行わせているのだ。

 もはや都教委や都立高校が進めている「オリンピック・パラリンピック教育」は「ボランティア」などという綺麗な言葉で形容できるものではなく、完全な「force to work」となってしまっている。自発性・主体性なき「ボランティア」は本来のボランティアという言葉の意味とは似て非なるものである。

 こんな欺瞞に満ちた「ボランティア」をまともに説明できる教師は少ない。とある都立高校の副校長は「学校で行うボランティアは『ボランティア』ではなく、『ボランティア体験学習』である。学習なので実際のボランティアとは違う。」と述べていたそうだが、詭弁もいいところだ。

 詭弁を弄さなければ説明できない「ボランティア」とは一体何なのだ。教育者が詭弁と嘘八百ばかりでは教わる生徒は何を信じれば良いのだろうか。このような大人の理不尽なご都合主義は生徒の人格形成において多大な悪影響を与えることだろう。

 都市ボランティアの応募強制、ボランティア・サミットにおける動員疑惑、そして「人間と社会」。都立高校生はいつから都知事と都教委の便利な奴隷になったのだろうか。「ボランティアは自主性が大事」―当たり前だ。これまで散々組織的にボランティア教育推進の名の下に生徒の自主性を無視しておきながら今更何を言っているんだ。上辺だけの美辞麗句で誤魔化さなければ正当性を担保できないことはそもそも政策として推進すべきではないだろう。

 緑がトレードマークの某女史風に言うならば自称「ボランティア」という名の強制動員が発覚して、東京都そして日本国のイメージを毀損する「負のレガシー」が残る羽目にならないよう、欺瞞に満ちたボランティア教育を今すぐやめるべきだ。

(本紙編集長=平松けんじ)

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(筆者)
平松けんじ Kenji HIRAMATSU
2015年11月、東京都立新宿山吹高校在学中に校内新聞「YAMABUKI JOURNAL」を創刊。編集長を一年間にわたり務める。在任中は生徒会会則非公開問題を取り上げた記事をはじめ、ボランティア必修化を疑問視する論説などを発表し、学校側に繰り返し紙面の検閲を受ける。卒業後は各地の学校の生徒自治を支援する組織「生徒自治支援センター」の所長を務め、2019年1月より「The Interschool Journal」編集長。
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